剣山系の農文化とは①

剣山系の農文化(世界農業遺産・日本農業遺産)


剣山系の農文化の世界的特徴

《プロローグ》


世界農業遺産化を提唱したメンバー写真(穴吹町馬内)
・新「忌部」研究は、忌部族が何故に日本各地に農業や衣食住の生活産業文化を伝播できたのかを探るため、忌部族の拠点の一つであった剣山系の農文化調査を開始することより始まった。最初の着目点は、傾斜地農業の施肥に大量のカヤを投入する農業技術の発見だった。それを契機に研究を深化させ、その論点をまとめた林博章氏は、剣山系のカヤ等を施用した傾斜地農業を国連食糧農業機関(FAO)が提唱する世界農業遺産(GIATH)に登録を目指す構想を2012年に発表した。その剣山系の従来的な価値観を変える啓発は実り、つるぎ町役場を中心に県西部の2市2町(美馬市・つるぎ町・東みよし町・三好市)は徳島剣山世界農業遺産推進協議会を立ち上げた。一方、剣山系の農業理論のアドバイスや、動きを当初より支援し続けてきた野田靖之氏を主とする撫養農業研究会等のメンバーは、永井英彰氏を会長として徳島剣山世界農業遺産支援協議会を立ち上げた。そして多くの困難を乗り越え、遂に歴史的な日が訪れた。2016年11月に農林水産省が認定する「食と農の景勝地」に「にし阿波・桃源郷の実現」として西日本唯一指定された。2017年3月には、農林水産省が創設した日本農業遺産にも指定された。同時に、「徳島剣山系の傾斜地農耕システム」として国連食糧農業機関(FAO)が提唱する世界農業遺産(GIATH)の国内候補に選出されたのである。

《剣山系とは》


一の森から剣山系の峰々と朝日を眺める
・本研究所が研究内容に掲げる「剣山系」とは、四国山地東部のことを指す。剣山系の農文化と地質とは深い関係をもつ。吉野川北岸に沿って東西に走る中央構造線の南域、吉野川南岸の[三波川帯][御荷鉾帯]の【結晶片岩】地域である。その南限は剣山を中心に、西は三好市東祖谷の京柱峠から天狗塚、三嶺、高ノ瀬、丸石、ジロウギュウ、主峰の剣山、それから東に連なる一ノ森、天神丸、高城山、雲早山、高鉾山、佐那河内村の旭ヶ丸、轆轤山までのラインである。剣山系の農文化の研究とは主に、剣山系の結晶片岩地帯、及びその周辺域に展開する傾斜地集落や農文化の研究であり、地質面を重視するならば、「剣山系の結晶片岩帯農業」とも捉えられるのである。

・その主地域を現在の市町村で示せば、美馬郡つるぎ町(貞光・一宇・半田)、美馬市(穴吹町・木屋平)、三好郡東みよし町加茂・西庄・中庄・毛田(旧三加茂町)、三好市(池田町・井川町・山城町・西祖谷山村・東祖谷)、吉野川市(山川町・美郷)、名西郡神山町、名東郡佐那河内村の3市3町1村となる。但し、照葉樹林文化論から見れば、勝浦郡勝浦町・上勝町、那賀郡那賀町を含めて研究を進める。


《剣山系の傾斜地集落はソラの世界》


剣山系の家賀集落に沸き立つ雲
・剣山系の山間部は「ソラ」と呼ばれる。五合目以上の急傾斜面に、棚田・畑地・果樹地・茶畑・集落が形成され、その山村景観は中国南西部・雲南省の少数民族の居住地や、南米ペルー、インカ帝国のマチュピチュを想い出させる。吉野川中下流域の徳島平野に住む人々は、その天上集落を指して「ソラ」と呼んだ。「ソラ」に生きた忌部氏が祀った「忌部神社」の神官家は[忌部五雲]、早雲、村雲、岩雲、花雲、飛雲と[雲]を冠するのだがその意味は雲上の「ソラ世界」に忌部氏が居住していたことに由来するのであろう。

・「ソラ」は、徳島平野に住む吉野川中下流域の人々が県西部方面を指す言葉として今でも使われる。「ソラ」の意味について『徳島県の歴史』(河出書房新社)は、「四国山地は近代に至るまで焼畑農耕が卓越している地で、近世・近代の平野に住む人々がソラと言ったのは、この焼畑農耕が行われている四国山地、稲作社会に視点をすえた場合の異質な現世社会としての山の上の焼畑社会を指す。」と解説する。「ソラ」の人々は、自動車が普及するまでは、山上や尾根道を主要な交通・運搬道とした。現在のように谷筋沿いの一般道に家々が並び立ったのは昭和30~40年以降となる。「ソラ世界」は、山上部より谷底・川筋へと集落・耕地が拓かれた。最初に山上部に住んだ者が水利権を掌握し、そこから下方に分家する形で、一般的に形成されてきた。それ故に、「頂上部に住む人ほど高貴な人で、山の上から拓かれた。頂上部付近から谷沿いへ降りてきた。」との口伝が各集落に残されている。

《剣山系の傾斜地集落(ソラ)の形成》


豊かなつるぎ町貞光字三木栃の農村風景
・剣山系野三波川帯・御荷鉾帯の結晶片岩地帯は、日本を代表する地すべり地帯、しかも日本最大の破砕帯が走っている。因って、地すべりが安定すれば、容易に畑地や棚田を作ることができ、涵養林さえ残せば山上付近からでも水が湧き出るため、土地生産性が高く、古代より農業生産の場として機能してきた。そのことが、日本に類例なき大規模な高地性傾斜地集落、即ちソラの傾斜地集落を成立させる要因となった。


・「ソラ」(高地性傾斜地集落)が拡がる剣山系は、かつては日本を代表する焼畑地帯であった。四国では昭和25年(1950年)に、約2,000haの焼畑が分布し、その広さは全国の19%に及んでいた。『アトラス 日本列島の環境変化』西川治監修(朝倉書店)の近世末(1850年頃)の林野利用によれば、剣山系が日本最大の焼畑地域であったことが分かる。

・剣山系の主体地質となる[結晶片岩]の特徴は、それ自体が多孔質なため、耕土が空気をよく含み、保水力、排水性も良く、葉菜類、根菜類、果菜類、穀物類など多種多様な農作物の生産が可能である。また、玄武岩由来の結晶片岩が風化した土壌となる「赤土」も鉄分やミネラル分を多く含み、農作物の栽培に適した土壌が形成されていた。そのため、世界的に多様性のある農村風景が構成されたのである。また、結晶片岩は、①水の浄化・優化、②整水・活水の調整、③生理活動の増進、④生鮮類の保存と貯蔵、⑤脱臭・脱色などの作用があり、その特性を生かし剣山系では豊かな生業が営まれてきたのである。

《剣山系のソラ世界の生活圏》

・日本列島の植生分布を概観すれば、同一地域で[照葉樹林帯]⇒[落葉広葉樹林帯]⇒[針葉樹林帯]といった広範囲な植生変化が窺えるのはほぼ剣山系だけに限られ、当地域は変化に富んだ多種多様な植生をもつ地域だといえる。「ソラ」が形成された範囲は照葉樹林帯(常緑広葉樹林帯)を主体とする標高約100~700mまでの間にほぼ収まり、剣山系の各市町村は、1,000~1,650mの標高差を有し、それは常緑広葉樹林帯(照葉樹林帯)から冷温帯植物区(落葉広葉樹林帯)[ブナ林帯]へと移行する推移帯、さらには常緑針葉樹林帯へ至る広範囲な地域に、「ソラ」の生活・文化・産業圏が広がっている。このことは、標高・植生に応じ多様な農林業や産業が成立する基盤が整っていることを示している。また、四季折々の農産物や多種多様な森林の恵みに囲まれ生活することにもなり、周年にわたる自給自足体制が整っているといえる。

《剣山系の世界的な農文化の特徴-世界に誇る傾斜地農業システム》

・「生物多様性と農業」によれば、地球上の4分の3の土地は、農業に不適で、寒冷または乾燥し過ぎているか、傾斜が強過ぎるか、土壌がやせ過ぎているため農業ができない地域となる。メソポタミア、ニューギニア、中国、中央アメリカ、アンデス山脈など、人類は世界各地で農耕を開始して以来、多様な農耕システムを開発してきた。それは、アジアの棚田農業、灌漑稲作農業、アフリカ乾燥地の牧畜システム、南米アンデス山岳地帯の高地農業など、世界各地の農業システムは多様である。

・剣山系は、日本最大の地すべり破砕帯、結晶片岩地域という地質条件を基盤に、丘陵地帯の傾斜地でなく、V字型渓谷の急傾斜地における持続可能な「農耕システム」が特徴となる。剣山系では、急傾斜地という世界的常識に照らし合わせれば、農業に不適な地域でありながら、その傾斜地空間を効果的な農作物の立地配置により最大限に生かし、カヤなどの有機物を自然循環させ、標高、傾斜度、日照量、気候、地勢、地質に応じ作物を栽培し、多種多様な農作物(雑穀・果樹・山菜・花卉・花木・工芸作物など)を栽培する適地適作適方式農業を営んでいることが、世界に前例なき農業であるといえる。その多様な農業技術・農法・知恵は、世界中に技術供与できるものなのである。


剣山系の傾斜地農耕システム(日本農業遺産)


三好市山城町上名の急傾斜地農業の様子。
カヤを敷き込んで約30度の傾斜畑の土壌流失を防いでいる。
・日本農業遺産とは、平成29年(2017年)に農林水産省が創設したものである。その趣旨は次のようなものである。日本では、現在も伝統的で多様な農林水産業が営まれ、美しい田園風景、伝統ある故郷、助け合いの農村文化が守り続けられている。その日本の将来に受け継がれるべき伝統的な農林水産業システムを広く発掘し、その価値を評価するためにこの制度を作った。また、日本農業遺産は、社会や環境に適応しながら、何世代にもわたり、形作られてきた伝統的な農林水産業と、それに関わって育まれた文化、ランドスケープ、生物多様性などが一体となった農林水産業システムのうち、世界及び日本における重要性、歴史的及び現代的重要性を有するものを農林水産大臣が認定する仕組みである。その認定基準は、世界農業遺産と共通で、世界的及び国内的重要性、歴史的重要性、現代的重要性が必要となる。日本農業遺産独自の認定基準として、次のようなことが挙げられる。①自然災害や生態系の変化に対する回復力、②多様な主体の参加、③6次産業化の推進。認定により期待される効果は、①地域住民の自信と誇りの創出、②地域固有の農林水産業の継承、③観光客誘致、④企業との連携、⑤農林水産物のブランド化など。

・徳島剣山系は「にし阿波の傾斜地農耕システム」として、急傾斜地にカヤを漉き込んで土壌流失を防ぎ、独自の農機具を用いて斜面を階段状にせずに耕作する独特な農法で、在来の雑穀など多様な品目を栽培していることが評価され日本農業遺産に登録された。その対象地域は県西部の美馬市・つるぎ町・東みよし町・三好市の2市2町。


三好市東祖谷のシコクビエ(ヤツマタ)とタカキビ
(榮高志氏提供)


つるぎ町貞光字三木栃のタカキビ



剣山系の傾斜地農耕システム(世界農業遺産)


剣山系の急傾斜地農耕システム(つるぎ町貞光字猿飼)
・世界農業遺産とは、社会や環境に適応しながら何世代にもわたり形づくられてきた伝統的な農林水産業と、それに関わって育まれた文化、ランドスケープ、生物多様性などが一体となった世界的に重要な農林水産業システムを国連食糧農業機関(FAO)が認定する仕組みである。換言すれば、次世代に継承すべき重要な伝統農業(林業・水産業を含む)や生物多様性、伝統知識、農村文化、農業景観などを全体として認定し、その保全と持続的な活用を図るものとなる。

・世界農業遺産(GIAHS)の制度は、平成14年(2002年)にFAOが創設した。GIAHSが設定された背景には、近代農業の行き過ぎた生産性への偏重が、世界各地で森林破壊や水質汚染等の環境問題を引き起こし、地域固有の文化や景観、生物多様性などの消失を招いてきたことが挙げられる。国連教育科学文化機関(UNESCO)が提唱する世界遺産が、遺跡や歴史的建造物、自然などの不動産を登録し、保護することを目的としているのに対し、「世界農業遺産」とは、さまざまな環境の変化に対応しながら進化を続ける「生きている遺産」なのである。「GIAHS」の認定基準は、次の5つの柱からなる。①知識システムおよび適応技術、②食料と生計の保障、③生物多様性と生態系機能、④文化・価値観と社会的組織(農文化)、⑤優れた景観と土地・水管理の特徴。現在の世界農業遺産認定地域は15ヵ国36地域。日本は8カ所となっている。



傾斜畑の全面にカヤを敷いて農業を営む様子
(つるぎ町一宇字剪宇)

・剣山系の伝統農業は、「にし阿波の傾斜地農耕システム」として2017年(平成29年)3月に、農林水産省が創設した日本農業遺産に指定されると同時に、世界農業遺産の国内候補となった。「にし阿波の傾斜地農耕システム」は、カヤなどを敷いたり漉き込んだりして土壌流失を防ぎ、独自の農機具を用いて斜面を階段状にせずに耕作する独特な農法で、在来の雑穀など多様な品目を栽培する農業である。このシステムが維持されてきたことで、採草地の多様な動植物や焼畑農法の流れを汲む、日本の原風景ともいえる山村景観、保存食の加工や食文化、農耕にまつわる伝統行事などが継承されてきた。


傾斜畑の耕土をサラエという農具を用いて土あげする様子
(つるぎ町一宇字剪宇)


コエグロ-カヤ(ススキ)を春まで保存するための伝統文化



剣山系は農水省「食と農の景勝地」―日本の桃源郷の実現―

・農林水産省によれば、海外における日本食や食文化に対する関心は、「和食」のユネスコ無形文化遺産登録、ミラの国際博覧会などを通じ近年大きく高まり、日本を訪れ本場の日本食を味わいたいとの外国人のニーズが高まっているという。そこで、2020年の東京オリンピックを見据え、地域の食とそれを生み出す農林水産業を核に訪日外国人を中心に観光客の誘致を図る地域での取り組みを「食と農の景勝地」として認定する仕組みを創設した。

・2016年6月~7月の農林水産省の募集で、全国44地域から申請があり、その内5地域が選定され、剣山系は西日本で唯一選ばれた。実行組織は一般社団法人そらの郷、「にし阿波・桃源郷の実現」(美馬市・つるぎ町・東みよし町・三好市全域)である。その内容は次のようなもの。急傾斜地で畑作を営む山間部で、にし阿波のありのままが世界に誇れる桃源郷であることをコンセプトに、交流体験の有料化地域にお金が落ちる仕組みを追求する。そして、そば・雑穀等の郷土食や歴史を女性やシニア層が地域ガイドとなって案内することや古民家を高級感ある農泊施設として整備することで、交流し共感できる滞在型地域としてインバウンドを呼び込むとのこと。

「阿波葉たばこの隆盛や酒蔵のあるマチ」
(LED夢発酵日本酒、阿波地美栄、阿波牛、ハレとケ珈琲、たばこ資料館、三好酒蔵、増川笑楽耕)


三好市池田町の歴史ある町並み


三好市池田町に数多く残る酒蔵


「ジャパンブルーの原点、阿波藍はじめ四季の花と果実の彩り」
(吉野川、美村が丘、うだつの町並み、シャインマスカット、阿波尾鶏、雑穀の創作料理)


※美馬市脇町のうだつの町並み


美馬市穴吹町の尾山より眺めた吉野川と日本三大竹林



「傾斜地畑の絶景と農業の民 阿波忌部氏の歴史」
(急傾斜地農法、霊峰剣山、集落体験、そば米雑炊、干柿、半田そうめん、)


世界農業遺産(日本農業遺産)となる美馬市穴吹町渕名の
天空集落


つるぎ町一宇の赤松は、ハデに干す干柿の産地



阿波修験道の霊峰・剣山、数々の伝説が語り伝えられる


つるぎ町半田の名物、半田そうめんは絶品
(写真-つるぎ町役場提供)



「にし阿波ゴールデンルート平家落人伝説が残る日本屈指の秘境」
(でこまわし、祖谷そば、ひらら焼き、ラフティング、平家屋敷、落合集落、かずら橋、古民家体験)


三好市東祖谷の落合集落


秘境・祖谷のかずら橋



「伝統食文化」


祖谷いも(ごうしゅいも)


祖谷そば


ひらら焼き




剣山系は貴重な生態系の宝庫


日本第2位の標高を誇る霊峰・剣山(写真-つるぎ町役場)

・剣山系一帯は、昭和39年(1964年)に「剣山国定公園」に指定され、平成26年(2014年)で50周年を迎えた。剣山周辺部は、数多くの希少植物や貴重な植生が保全・維持、貴重な野生動物や生物が生息し、特異な陸産貝類なども知られ、日本における生態系の宝庫(巨樹王国、希少植物、野草、薬草、野生動物、鳥、昆虫、爬虫類、陸貝類)となっている。剣山系の山麓部から山頂部までは、約2,000mもの高度差があり、そこでは[照葉樹林帯-夏緑広葉樹林帯(ブナ林帯)-針葉樹林帯-亜高山帯]に至る垂直分布的な植生変化が観察できるのが大きな特徴で、その植生に沿った照葉樹林文化やブナ林文化が息づき、四国全体の農林産業や経済の基盤となっているのである。


剣山の山頂付近の針葉樹林


剣山の亜寒帯林、2000mにわたる植生の
垂直分布が見られる地域


剣山の希少植物・キレンゲキョウマ(写真-つるぎ町役場)


剣山の希少植物・シコクフウロ


剣山の希少植物・ナンゴククガイソウ


剣山系に生息するニホンカモシカ(写真-つるぎ町役場)


剣山系に生息する生態系の頂点となるクマタカ


剣山系は何種類ものサンショウウオの生息地


剣山系に生息する日本最大の陸貝


日本一の大エノキ(剣山系は日本を代表する巨樹王国)




剣山系の地質-世界に誇る青石(結晶片岩)


三波川結晶片岩帯が露出する「大歩危」は国天然記念物に
指定された世界ジオパークの認定を目指している
・徳島平野を東流する吉野川南岸部より剣山系にかけた地域、地質でいえば[三波川帯][御荷鉾帯]の結晶片岩地域に剣山系の傾斜地農業は展開する。当地域は、日本を代表する地すべり地帯で、しかも日本最大の破砕帯が走っているため、山上部に容易に畑地・棚田・集落を作ることができ、涵養林さえ残せば山上付近からでも水が湧き出るため、土地生産性が高く、古代より農業生産の場として機能してきた。それ故に、日本に前例がない傾斜地集落と独特な農村景観が歴史的に形成されてきた。

片理性が高く、割れ易い性質をもつ結晶片岩は、
傾斜地農業を営むための高度な石垣技術に
不可欠な要素。剣山系では高度な石垣技術が発達している


結晶片岩が風化した玄武岩由来の赤土は鉄分の宝庫。
多孔質なので水捌けがよく、多種多様な農作物が栽培できる


結晶片岩(青石)と耕土とコケの絶妙な関係性。
石を利用して豊かな農業を展開している(西祖谷山村吾橋)


傾斜地での多様性のある豊かな農業風景(つるぎ町貞光の三木栃)


徳島平野が豊穣の大地で近畿の台所となるのは、剣山系の
結晶片岩のおかげ(肥沃土が堆積いる徳島市国府町)


吉野川河口部で鳴門金時の栽培。剣山系と徳島平野と
吉野川は同じ生命圏でつながっている




剣山系のソラ世界(傾斜地集落)の外観


美馬郡つるぎ町貞光の家賀集落
周囲を森林に囲まれ、要所に社叢が配置される
・徳島剣山系は、日本最大の天空の傾斜地集落が点在する地域で、ソラと呼ばれている。「ソラ」とは、徳島平野に住む吉野川中下流域の人々が県西部、吉野川南岸部の旧美馬郡・三好郡方面を指す言葉として今でも使われる。「ソラ」の意味について『徳島県の歴史』(河出書房新社)は、「四国山地は近代に至るまで焼畑農耕が卓越している地で、近世・近代の平野に住む人々がソラと言ったのは、この焼畑農耕が行われている四国山地、稲作社会に視点をすえた場合の異質な現世社会としての山の上の焼畑社会を指す。」と解説する。「ソラ」は、地質でいえば三波川帯と御荷鉾帯に分布する。当地域は、日本最大の地すべり地帯、及び破砕帯が走るため、畑地や棚田を容易に作ることができ、涵養林さえ残せば山上付近からでも水が湧き出るため土地生産性が高かった。「ソラ世界」の人々は、自動車が普及するまでは、山上や尾根道を主要な交通・運搬道とした。現在のように谷筋沿いの一般道に家々が並び立ったのは昭和30~40年以降となる。「ソラ」は、山上部より谷底・川筋へと集落・耕地が拓かれた。最初に山上部に住んだ者が水利権を掌握し、そこから下方に分家する形で、一般的に形成されてきた。それ故に、「頂上部に住む人ほど高貴な人で、山の上から拓かれた。頂上部付近から谷沿いへ降りてきた。」との口伝が各集落に残されている。

・「ソラ」(傾斜地集落)が分布する剣山系は、かつては日本を代表する焼畑地帯であった。四国では昭和25年(1950年)に、約2,000haの焼畑が分布し、その広さは全国の19%に及んでいた。『アトラス 日本列島の環境変化』西川治監修(朝倉書店)の近世末(1850年頃)の林野利用によれば、剣山系が日本最大の焼畑地域であったことが分かる。


美馬郡つるぎ町貞光の広谷集落
周囲を森林に囲まれている


美馬郡つるぎ町貞光の浦山・引地集落
遠くに友内山と家賀集落を眺めることができる



美馬郡つるぎ町一宇の赤松集落
日本最大の標高差をもつ傾斜地集落。干し柿の産地


美馬郡つるぎ町半田字中熊から大藤と猿飼・白石を眺める



美馬市穴吹町の忌部の首が住んだ首野集落「八合切」
で涵養林が維持され、周囲を森林に囲まれている


美馬市穴吹町の雲上の猿飼集落
「ソラ」と呼ばれる由縁となる風景



美馬市穴吹町の渕名集落
傾斜地農業のシステムの見本。地勢に応じ、上部よりカヤ場
民家、傾斜畑、茶畑、棚田が有効的に配置されている


三好郡東みよし町加茂の加茂山集落
傾斜畑で雨除けを使用し夏秋野菜を大規模に栽培する特産地



三好市井川町の東井川(大久保・下久保・松舟)
急傾斜地に大規模に茶畑と園芸農業が卓越する


三好市井川町の吹集落、縦に長く集落が続く



三好市池田町の川崎集落-上部に空の観音堂が祀られる


三好市山城町下名の蔭集落
周囲に森林を残し、地勢に応じ多種多様な作物を栽培する
民家、採草地畑地、棚田、茶畑、ゼンマイ畑、果樹地、社叢林
お堂、神社などが一体感をなし配置された農村景観をもつ



三好市山城町の柿野尾集落/周囲に森林を保全し、最上部に
山神の森(社叢林)を祀り、下部に民家畑地、茶畑、採草地が
交互に展開する。地盤の弱い部分に竹林を植えている


三好市西祖谷山の有瀬集落
剣山系を代表する大規模な茶の特産地。周囲を森林が覆う
茶栽培の適地のため、霜除けがない



三好市東祖谷山の落合集落(国選定重要伝統的建造物群保存地区)
周囲に森林を保全し、要所に 社叢を残し、民家・畑地・採草地が
交互に展開する


名西郡神山町上分の江田集落
周囲に涵養林を保全し、谷合に石垣を用いて棚田
その周囲に段畑を作り、野菜・果樹・花卉類を栽培している



剣山系の多様な傾斜地農業の外観

・剣山系の傾斜地農業を概観すれば、棚田だけでなく、最大30度超の傾斜畑で、カヤ等の有機物を投入し、雑穀類、園芸作物(野菜・果樹・花卉類)、特用作物(茶・ミツマタなど)などを栽培している。水系ごとに傾斜地農業の特徴を概観すれば、貞光・一宇・半田川水系(美馬郡つるぎ町)では、自給的な雑穀・園芸作物・茶栽培に加え、柿・ゼンマイ・ユズの特産地が形成されている。穴吹川水系(美馬市)では、等高線の畝を作る農法で多様な園芸作物や茶の特産地が形成されている。加茂谷川水系(三好郡東みよし町)では、等高線に畝を作る農法で、雨除け技術を利用した夏秋野菜の大特産地が形成されている。井川谷水系(三好市井川町)では、傾斜面で茶の大特産地が形成されている。三好市山城町の水系では、急斜面におけるゼンマイ・茶の大特産地が形成されている。祖谷川水系では、西祖谷山で茶の特産地、他に自給的な雑穀、園芸作物などが栽培されている。川田川水系(吉野川市美郷)は、梅の特産地で知られている。鮎喰川・園瀬川水系(神山町・佐那河内村)では棚田・柑橘畑(スダチ・ミカン・梅)の特産地が形成されている。一つ谷筋や水系を隔てれば地勢に応じ全く異なる作物や技術の組み合わせで傾斜地農業の産地形成がなされている。

・剣山系では、傾斜地の土壌流出を防ぐために、主にカヤを施用しながら多種多様な知恵・工夫・技術を凝らし、その上で傾斜地の特性(風土)を最大限に生かし、標高、傾斜度、日照量、気候、地勢、地質に応じ作物を栽培し、適地適作適方式農業を営んでいるのが、剣山系における傾斜地農業の最大の特徴であり、傾斜地集落そのものが持続可能な農業知識の集合体なのである。

1.貞光・一字川水系


~美馬郡つるぎ町一宇の剪宇の傾斜地農業~
典型的な雑穀・野菜・果樹が栽培されている


~美馬郡つるぎ町一宇の大野の傾斜地農業~
急傾斜でゼンマイ、茶、果樹が交互に栽培されている



~美馬郡つるぎ町貞光の猿飼における傾斜地農業~
急傾斜を利用した園芸農業の産地となっている




~美馬郡つるぎ町貞光の家賀における傾斜地農業~
「児宮神社」の社叢の周囲にカヤ場、茶畑、野菜畑
果樹畑が展開する


2.穴吹川水系


~美馬市穴吹町の渕名における傾斜地農業~
傾斜畑で多様な園芸農業や茶畑が展開されている


~美馬市穴吹町の西山における傾斜地農業~
傾斜地と尾根上を利用し野菜、茶、クヌギ、果樹などの多様な
農産物が地勢に合わせ栽培されている


3.加茂谷川水系


三好郡東みよし町加茂は、近代的な雨除けを利用した
夏秋野菜の一大特産地。カヤを施用した等高線農業が展開され
ている。近代農業と古代農業が融合した風景となる


三好郡東みよし町泉野は、近代的な雨除けを利用した
夏秋野菜の一大特産地。対岸に加茂山集落が見える


4.井川谷川水系


三好市井川町色原の急傾斜地を利用した大規模な茶畑
谷からの上昇気流と気温の寒暖差で良質の茶が栽培される


三好市井川町倉石の急傾斜地を利用した茶畑
周囲にカヤ場、クヌギ林、棚田が作られている


5.三好市山城町の水系


三好市山城町上名の平の急傾斜面での大規模な茶栽培の風景


三好市山城町上名字影の30度超の急傾斜畑における
大規模なゼンマイと茶栽培


6.祖谷川水系


~三好市東祖谷山の落合集落の傾斜地農業の風景~
急傾斜地に畑地とカヤ場が交互に展開する。雑穀・イモ・ソバ
栽培がさかんである


~三好市東祖谷山の落合集落の傾斜地農業の風景~


7.鮎喰川水系


~名西郡神山町神領における傾斜地農業~
谷間に大規模な棚田が作られ、丘陵には高石垣が山上まで
築かれ、棚田や野菜畑の形成とともに、スダチや花卉類の
栽培が行われている


~名西郡神山町上分における傾斜地農業~
山上部に涵養林を残し、果樹畑、茶畑、野菜畑が形成されている


8.園瀬川水系


~名東郡佐那河内村の水利の便を生かした美しい府能の棚田~
佐那河内は棚田で有名となる


~名東郡佐那河内村の傾斜地農業~
山頂までミカン・スダチの特産地が形成されている



剣山系の伝統農業のシンボル「コエグロ」


三好市西祖谷山村の吾橋の天空のコエグロ
・剣山系で持続的に傾斜地農業を営むには、土壌流出を防ぐ高度な知恵と技術が肝要で、剣山系では一応にカヤ(ススキ)を施用する農文化が見られる。それは、カヤ場(肥場・肥野・肥山)と呼ぶ採草地を確保し、秋にススキ刈りを行い、伝統農業のシンボルと位置付けられるコエグロを作ることで保存し、そのカヤを春に傾斜畑に投入、土壌流出を防止するのである。傾斜畑にカヤを敷く意味と効果は、他に持続的な施肥効果、雑草防止、保水力、保温力、ミミズ・小虫・微生物などの養成、生物多様性の保全など多岐に渡る。

・剣山系では、カヤ(ススキ)を「コエ」と呼ぶ。採草地(カヤ場)も、伝統的に[コエバ](肥場)、[コエノ](肥野)、コエヤマ[肥山]と呼ぶ。カヤ刈りは、[コエカリ]と呼ぶ。これは、カヤは肥料になるという伝統用語であり、それは剣山系で持続的に農業を営むため、自然の循環を切らない思想に基づく剣山系の共通語なのである。

・「コエグロ」の完成作品を見れば、ソラ世界に生きる人々の美意識が感じられ、芸術作品であることが理解できる。「コエグロ」は、日本原風景となるソラ世界の技術を結集した芸術作品(ジャパン・コエグロ・アート)[Japan Koeguro Clative Art]なのである。コエグロを保存するポイントは、カヤを腐らさず保管させることである。細高い方が良く乾燥する。


三好市西祖谷山村の吾橋の急傾斜地面に立つ天空のコエグロ


三好市東祖谷の落合の急傾斜地面に立つコエグロ群



三好市山城町大野集落の最上部に作られた巨大なコエグロ


三好市山城町下名のカヤ場に立つ形状の美しいコエグロ
芸術性が高い



美馬市穴吹町の渕名集落の最上部カヤ場に作られた
芸術的なコエグロ群


コエグロを作る風景、高さは3mにもなる
(美馬市穴吹町馬内)



場所により背負籠でカヤが運ばれる(つるぎ町一宇)


カヤ場とコエグロ群のある風景(三好市山城町白川)



美馬市穴吹町馬内のカヤ場に作られたコエグロ
カヤ場は山野草や薬草の宝庫となる


つるぎ町半田字高清のロケット型、上部カバー付きのコエグロ



つるぎ町貞光字猿飼のコエグロ群


つるぎ町貞光字三木栃のコエグロ群



東みよし町白内の傾斜畑に置かれた巨大なコエグロ


カヤは束にされ、畑地の一角や納屋でも保管される
(美馬市穴吹町西山)



美馬市穴吹町丸山の冬場のカヤ場に立つコエグロ


つるぎ町一宇字明谷の急傾斜地に立つコエグロ群



カヤだけでなく、落葉も入れて巻くのがコツ。有機農業の原点
(つるぎ町一宇の大宗)


カヤは、カヤ切りで切カヤにされる
切カヤを畑に投入すれば即効性をもつ(つるぎ町一宇)



風の強い傾斜地では、風よけのためハデにカヤ束を巻き付け
門垣が作られる(美馬市穴吹町猿飼)


剣山系では、コエグロ作り体験などが観光体験ツアーに組まれ
つつあるこれは、三好市東祖谷の栗枝渡のコエグロ群



カヤ刈り体験
今後、ソラ世界の農業体験事業や観光事業につながるであろう


美馬市木屋平の谷口に作られたコエグロ



土壌流失を防止する高度な技術と知恵


傾斜畑の等高線に沿って畝を設け、畝間にカヤを敷いている
(東みよし町中庄の泉野)
・剣山系の傾斜地集落における傾斜畑の傾斜度は、最大30度を超える。そこで持続的に傾斜地農業を営むには、土壌流出を防ぐ高度な技術と知恵が必要となる。剣山系では一応にカヤを施用する農文化が見られる。それは、伝統的にカヤ場(肥場・肥野・肥山)と呼ぶ採草地を確保し、秋にカヤ刈りを行い、コエグロを作ることで保存し、そのカヤを春先に傾斜畑に投入するのである。


・剣山系の傾斜地集落における傾斜畑の傾斜度は、最大30度を超える。そこで持続的に傾斜地農業を営むには、土壌流出を防ぐ高度な技術と知恵が必要となる。剣山系では一応にカヤを施用する農文化が見られる。それは、伝統的にカヤ場(肥場・肥野・肥山)と呼ぶ採草地を確保し、秋にカヤ刈りを行い、コエグロを作ることで保存し、そのカヤを春先に傾斜畑に投入するのである。

・剣山系では、多種多様な土壌流出を防止する技術と知恵が見られ、傾斜地集落自体が多様な技術・知恵の集合体と化している。その技術や知恵を整理すれば、次のようになる。
①傾斜畑の等高線に沿って畝を設け、畝間にダムの役割を果たさせ、畝間にカヤを敷き土壌流失を防ぐ
②傾斜畑の耕土にカヤを漉き込んで土壁のようにし、土壌流失を防ぐ
③傾斜畑の全面にカヤを敷いて土壌流出を防ぐ
④傾斜畑の傾斜度を緩めるため、一定の間隔を置いて石垣を積み段畑とする。その石垣最上部の天石を上に反らせ土壌流失を防ぐ
⑤縦に畝を設けて水刷けを良くし、石垣最上部の天井石を上に反らせ土壌流失を防ぐ(三好市山城・祖谷)
⑥逆鍬(サラエ)と呼ぶ剣山系特有の農具を用い、年に2回ほど耕土を持ち上げる
⑦傾斜地集落の要所に社叢や巨樹・巨木を残し、周囲に根を張らせ、土壌流失と集落崩壊を防止する
⑧傾斜地の崩れやすい場所に竹を植えて根を張らせ、土壌流失と集落崩壊を防止する

・これら土壌流失を防止する知恵と技術を輸出すれば、世界各地で傾斜地農業を営んでいる地域に大きな希望を与え、発展に貢献できるだろう。



傾斜畑の等高線に沿って畝を設け、畝間にカヤを敷いている
(美馬市穴吹町渕名)


傾斜畑にカヤを漉き込んで土壌を土壁ようにする
(美馬郡つるぎ町半田字蔭名)



傾斜畑にカヤを漉き込んで土壌を土壁ようにする
(三好市山城町上名字平)


傾斜畑の全面にカヤを敷く(東みよし町加茂山上)
2014年夏秋の約1000mmの豪雨でもびくともしなかった



傾斜畑の全面にカヤを敷く(つるぎ町一宇字漆の瀬)


傾斜度を緩めるため、石垣を積み段畑とする技術
(つるぎ町一宇字赤松)



傾斜度を緩めるため、石垣を積み段畑とする技術
(つるぎ町半田字中熊)


カヤを施用して石垣最上部の天石を上に反らせる技術
(つるぎ町一宇字大野)



カヤを施用して石垣最上部の天石を上に反らせる技術
(三好市山城町大川持)


石垣最上部の天石を上に反らせる技術(つるぎ町貞光字猿飼)



縦に畝を設けて水捌けを良くする技術、畝間にカヤを入れる
(三好市山城町西宇)


要所に社叢林や巨樹・巨木を残し周囲に根を張らせる知恵
(三好市井川町の下影集落)



集落の最上部に山神森を残して集落を守る
(三好市山城町柿野尾)


八合切にして涵養林を保つ
(美馬市穴吹町口山字首野)



傾斜地を弱い部分に竹林を植えて土砂崩れを防止する知恵
(つるぎ町一宇字明谷)


逆鍬(サラエ)と呼ぶ剣山系特有の農具



年2回ほど耕土をサラエで持ち上げる作業
(美馬郡つるぎ町一宇)


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