「忌部」文化研究所とは

「忌部」文化研究所の設立準備について

上田正昭先生の意志

 「忌部」とは、古代よりヤマト王権の宮廷祭祀を掌った名門氏族であったが、その本格的な研究は全くなされていない。

 しかしながら、近年の林博章氏の研究による一考察で、阿波勢力(後の阿波忌部族)が、弥生後期から古墳前期(3~4世紀)にかけ、吉野川流域を中心にその勢力を展開し、海部(あまべ)と力を合わせ四国東部の阿波地域を拓き、ヤマト王権成立に大きな影響を与え、各地に麻・榖(かぢ)を植え、農業・養蚕・織物・製紙・建築・漁業・衣食住の生活文化技術や産業技術・古墳築造技術(農業土木技術)などを伝播させた技術集団、かつ祭祀集団であったことが次第に判明してきた。

 さらに「忌部」のルーツや農文化の源流を探究すると、汎アジア的な様相と古日本文化の源流を形成した一面をもつことが浮かびあがってきた。これら新「忌部」研究を画期的だと推薦して下さったのが、故上田正昭氏(京都大学名誉教授・東アジア学会会長)であった。

 本研究所は、上田正昭先生の意志を引き継ぎ、グローカル且つ多面的視点、学際的な研究姿勢で、失われた「忌部」の記憶を掘り起こし、古代日本史の謎を解明することを目的に研究所を設立する。

実学的研究

 新「忌部」研究を深化させる一環として開始された徳島剣山系の農文化研究は、その成果と啓発活動が実り、「徳島剣山系の傾斜地農業システム」として、2017年3月に日本初の農水省が指定する日本農業遺産に選出された。また、国連食糧農業機関(FAO)が提唱する世界農業遺産(GIATH)の国内候補に選出された。さらに農林省が認定する「食と農の景勝地」にも2016年11月に「日本の桃源郷の実現」として西日本唯一認定された。その農文化の学際的な検証からは、各地に農文化を伝播させた産業・農業技術集団たる「忌部」の姿が透けて見える。

 また、ユーラシア大陸や環太平洋圏からの文化流入・受容の重層構造がタイムカプセルのように残されている。その農文化の根底には、自然への畏敬、自然循環思想、自然との共生思想・共助思想、深遠な生命思想が垣間見られる。

 また、集落システムのあり方は、地球全体の課題である持続可能な社会を提言するモデル的要素をもつ。これらの研究は、従来型の研究機関と違い、学際的見地で、しかも多様な産業者を交えた実学的研究を行う。

研究所設立

 以上の視点より本研究所は、研究のみに留まらず、忌部の精神と古代歴史観を基盤に据えた徳島の新観光・産業・教育・文化事業の創出と人材育成、さらに徳島-日本各地-世界との多地点・多極軸による歴史文化経済交流等により、徳島の地域創生、徳島から日本創生、ひいては世界平和に貢献する多種多様な研究やプロジェクトを展開するために研究所を設立するものとする。

 上記の目的を実現するため、平成30年(2018年)4月を目標に、一般社団法人の設立を目指す。さらには、国際研究センター化を進めていく。

※なお、「忌部」とは、穢れを忌む集団という意味。「忌」は、慎みをもって神事で穢れを取り去り、身を清めることをいう。深い意味は、己の心を曇りなき清明心でみつめることである。
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