“剣山系の農文化”写真展 in つるぎ町―世界農業遺産の認定に向けて―

《剣山系はソラの世界》

・剣山系の山間部は「ソラ」と呼ばれる。五合目以上の急傾斜面に、棚田・畑地・果樹地・茶畑・集落が形成され、その山村景観は中国南西部・雲南省の少数民族の居住地や、南米ペルー、インカ帝国のマチュピチュを想い出させる。吉野川中下流域の徳島平野に住む人々は、その天上集落を指して「ソラ」と呼んだ。剣山系の三波川帯・御荷鉾帯の結晶片岩地帯は、日本を代表する地すべり地帯、しかも日本最大の破砕帯が走っている。因って、地すべりが安定すれば、容易に畑地や棚田を作ることができ、涵養林さえ残せば山上付近からでも水が湧き出るため、土地生産性が高く、古代より農業生産の場として機能してきた。そのことが、日本に類例なき大規模な高地性傾斜地集落、即ちソラの傾斜地集落を成立させる要因となった。
・「ソラ」(高地性傾斜地集落)が広がる剣山系は、かつては日本を代表する焼畑地帯であった。剣山系の主体地質となる[結晶片岩]の特徴は、それ自体が多孔質なため、耕土が空気をよく含み、保水力、排水性も良く、葉菜類、根菜類、果菜類、穀物類など多種多様な農作物の生産が可能である。また、玄武岩由来の結晶片岩が風化した土壌となる「赤土」も鉄分やミネラル分を多く含み、農作物の栽培に適した土壌が形成されていた。そのため、世界的に多様性のある農村風景が構成されたのである。
・なお、つるぎ町をはじめとする県西部(旧美馬郡)を拓いたのは古代忌部氏であり、数多くの神社・史跡・伝承地が残されている。剣山系の農文化は、忌部氏の農文化であったのです。

《剣山系は日本農業遺産、食と農の景勝地に認定!》

・剣山系の伝統的な農文化は、「にし阿波の傾斜地農業システム」として、2017年3月に日本初の農水省が指定する日本農業遺産に選出された。また、国連食糧農業機関(FAO)が提唱する世界農業遺産(GIATH)の国内候補に選出された。さらに農林省が認定する「食と農の景勝地」にも2016年11月に「日本の桃源郷の実現」として西日本唯一認定されている。
・剣山系の農業は、日本最大の地すべり破砕帯、結晶片岩地域という地質条件を基盤に、丘陵地帯の傾斜地でなく、V字型渓谷の急傾斜地における持続可能な「農耕システム」が特徴となる。
・「生物多様性と農業」によれば、地球上の4分の3の土地は、農業に不適で、寒冷または乾燥し過ぎているか、傾斜が強過ぎるか、土壌がやせ過ぎているため農業ができない地域となる。メソポタミア、ニューギニア、中国、中央アメリカ、アンデス山脈など、人類は世界各地で農耕を開始して以来、多様な農耕システムを開発してきた。それは、アジアの棚田農業、灌漑稲作農業、アフリカ乾燥地の牧畜システム、南米アンデス山岳地帯の高地農業など、世界各地の農業システムは多様である。
・剣山系では、急傾斜地という世界的常識に照らし合わせれば、農業に不適な地域でありながら、その傾斜地空間を効果的な農作物の立地配置により最大限に生かし、カヤなどの有機物を自然循環させ、標高、傾斜度、日照量、気候、地勢、地質に応じ作物を栽培し、多種多様な農作物(雑穀・果樹・山菜・花卉・花木・工芸作物など)を栽培する適地適作適方式農業を営んでいることが、世界に前例なき農業であるといえる。その多様な農業技術・農法・知恵は、世界中に技術供与できるものである。
・また、森林・巨樹・古木などの自然への畏敬・感謝の念をもち、農業を行っていることも、世界に発信すべきであろう。

《剣山系の農文化を世界農業遺産に!》

・世界農業遺産(GIAHS)とは、社会や環境に適応しながら何世代にもわたり形づくられてきた伝統的な農林水産業と、それに関わって育まれた文化、ランドスケープ、生物多様性などが一体となった世界的に重要な農林水産業システムを国連食糧農業機関(FAO)が認定する仕組みである。換言すれば、次世代に継承すべき重要な伝統農業(林業・水産業を含む)や生物多様性、伝統知識、農村文化、農業景観などを全体として認定し、その保全と持続的な活用を図るものとなる。
・世界農業遺産が創設された背景には、近代農業の行き過ぎた生産性への偏重が、世界各地で森林破壊や水質汚染等の環境問題を引き起こし、地域固有の文化や景観、生物多様性などの消失を招いてきたことが挙げられる。国連教育科学文化機関(UNESCO)が提唱する世界遺産が、遺跡や歴史的建造物、自然などの不動産を登録し、保護することを目的としているのに対し、「世界農業遺産」とは、さまざまな環境の変化に対応しながら進化を続ける「生きている遺産」なのである。現在の世界農業遺産認定地域は15ヵ国36地域。日本は8カ所となっている。
・剣山系の農文化は、日本を代表するだけでな、世界に誇る農業文化であることは間違いないであろう。その登録に向けた動きを支援するのは行政だけでなく、住民の力であり、私たち忌部文化研究所設立協議会は、その啓発の一端と登録後の山間地域創生策を提示したいと考えている。