令和元年(2019年) 7月 NO.9

日本忌部紀行 “忌部(INBE)を行く!”

忌部文化研究会 会長 林 博章

 会員の皆さまには「忌部」の足跡を楽しんでもらう目的で、“忌部を行く”を連載しています。阿波国(粟国)を拓き、日本各地の創生に活躍した阿波忌部の足跡を辿っていきます。中でも阿波忌部が麻を植えて拓いた故事にちなむ旧麻植郡(現在の吉野川市)の伝承地を紹介したいと思います。第9回は、吉野川市東部の鴨島町に舞台を移します。タイトルは「牛島」の由来です。

牛島(うしのしま) ~忌部の麻師集団の遺称地~

●場 所 - 吉野川市鴨島町牛島

 写真は、改装されたJR牛島駅の風景。吉野川下流域南岸、鴨島町東部を東流する飯尾川と江川に挟まれた地域が「牛島(うしのしま)」である。江戸期~明治22年(1889年)までは牛之島村、明治22年(1889年)~昭和29年(1954年)まで牛之島・上浦・麻植塚の3ヶ村が合併して牛島村となった。『麻植郡回在記(おえぐんかいざいき)』に由来は、「往古、阿波忌部の麻を作り布を織る職人が住む川中島であったところから、苧師島(おしのしま)と呼ばれ、その後裔が居住したところから、大人島(うしのしま)と呼ぶようになった」とある。鎌倉時代に「牛島」は一時期「東麻植」と呼ばれたと伝わる。『忌部神社正蹟考』には、「牛島は、苧師(おし)ノ島であり、神代に麻をはじめ、種々の物を作り初めた神をはじめ、其の子孫の人が住んでいる村なので、大人の島と美称し起こった名である。」とある。このように「牛島」は、阿波忌部の麻の技術集団が居住していたことにちなむ古地名であった。周辺には、「牛島八幡神社」、別称「麻宮(おみや)」、小原(麻原)、麻塚(おづか)神社、市瀬(いちぜ)など阿波忌部ゆかりの神社や地名が点在する。