5月1日、ついに令和の新時代に入りました。今回は、1月14日に東京農業大学の地域環境科学部 造園科学科4年生の見上由季さんが、卒業論文に徳島剣山系の傾斜地農業を取り上げたいので案内をしていただきたいとの依頼を受け、その見上さんが作成した論文の要点及びあとがきを掲載したいと思います。見上さんの論文は、東京農業大学で大日本農会賞を受賞しました。

世界農業遺産に認定された日本の循環型農業の特徴
-徳島県にし阿波地域を事例に-

東京都 見上 由季

1.研究の目的と背景
 近年、科学技術が発達する中で日本の里地里山里海での暮らしが再認識され始めている。科学技術の発達によりAIや人工知能が生活の中で身近になりつつあるが、それらは本来日本人が営んできた自然と共存した生活と相反するものではないか。本研究では現在世界農業遺産に認定されている徳島県にし阿波地域を対象に、その地で営まれる自然と共存した農法、農文化を明らかにする。
 その結果から、AIや人工知能が広まり個性が失われつつある社会で日本人らしさを残しながら今後も存続する農業の仕組みを作ることができると考える。

2.研究方法
(1)世界農業遺産認定組織FAOの概要把握
 文献調査により世界農業遺産の概要、またそれらを認定する組織であるFAOの概要把握を行った。
(2)日本国内認定地域の特徴整理
 対象地域を決めるにあたって現在日本国内で認定されている11地域の認定内容を文献調査を行い概要を把握した。
(3)認定地域の地理的特徴把握
 対象地域をにし阿波地域に定め、地理的特徴を把握するため気候、地形、地質の文献調査を行った。
(4)認定地域の詳細調査
 剣山世界農業遺産推進協議会から認定地域の集落立地や集落利用状況が分かる資料を入手し、集落ごとの特徴をまとめた。
(5)認定地域におけるヒアリング調査
 文献調査だけでは把握出来ないより詳細な営農状況を把握するため1月14日に現地で暮らす4名にアンケート及びヒアリング調査を実施した。

3.結果および考察
(1)世界農業遺産の概要
 世界農業遺産とはGlobally Important Agriculture Heritage Systemの頭文字を取り、通称GIAHS(ジアス)と呼ばれる。類似したユネスコ世界遺産と大きく違う点として世界遺産は手つかずの自然、当時あった形、過去の歴史的遺産をそのまま保全するのに対し、世界農業遺産の指す遺産は代々受け継がれてきた知恵を意味し、農業を核とし様々な要素で構成される包括的な体系を認定する部分が特徴であり、通称「知恵の遺産」ともいわれる。日本では現在11地域が認定され対象地である徳島県にし阿波地域は平成30年3月に認定された。
(2)認定地域の地理的特徴
 日本列島は複数のプレートの境界付近に位置しこれらのプレート活動で形成された世界最大級の断層に「中央構造線」がある。対象地域の位置する四国地域は中央構造線上に存在することで隆起と変形を繰り返し急な山岳地を形成している。さらにこの中央構造線を境に南北で地質に相違が見られ、対象地にし阿波地域のほとんどは結晶片岩で慢性的な地すべり地帯として有名な三波川帯に位置する。三波川帯は割れやすく加工しやすい特徴を持ち農業に適した赤土を形成する。また四国地域は活火山の影響を受けない地域でもあり農業に不向きな火山灰土壌の影響を受けず、急峻な地形以外の面においては農業に非常に適した土壌といえる。
(3)認定地域の概要
 にし阿波では場所によっては傾斜角度が40度にもなる急傾斜地をそのまま耕し、土の流出を防ぐためにカヤを敷きこむ農法や雑穀や山菜、果樹など少量多品目の複合栽培を行うことで山間地の環境に適応した農耕システムが営まれている。
1)焼き畑農業から現在までの変遷
 この地域に伝わる農業の起源は縄文時代までさかのぼる。日本に稲作が伝来する前から焼き畑農業が行われアワ、キビ、ソバといった穀物の栽培が始まった。その後約400年前にタバコが伝来すると雑穀栽培の裏作として「阿波葉」と呼ばれる葉タバコの栽培が行われるようになった。葉タバコはこの地域の主要換金作物として繁栄し、その後も時代に応じて換金作物は変化したがタバコ栽培は平成に入るまで続けられていた。
2)地域に残るカヤ敷農法とその効用
 傾斜の強いこの地域で現在も営まれているものとしてカヤを敷きこむ農法がある。それぞれの集落は肥え場(こえば)と呼ばれるカヤ場を持つ。秋カヤを刈り取り、カヤ束をまとめたコエグロを作り乾燥させ、春それらを耕土に敷き詰める。この時の耕土への敷きこみ方は土地や栽培する作物によって変えられその知恵が現代まで受け継がれている。またこれらのカヤ敷農法はエンドファイトと呼ばれる共生菌が多く住み窒素固定、防除、生育向上等の効果を持つ。カヤの表層発酵施肥栽培はたい肥を製造するときの順序を畝上で行っているのと同じと示す論文もあるため科学的にもカヤの効用が証明されている。
3)地域で営まれる農文化
 この地域では集落の共同体意識が強く保たれ、農作業の繁忙期にはお互いの仕事を手伝いあう「手間替え」が行われる。また地域には425もの「お堂」があり集落内の情報交換や農耕儀礼の場として利用される。
4)集落の立地と特徴把握
 認定地域内で傾斜地農耕を営む集落の立地を把握し特徴整理を行った。その結果認定されている2市2町の中で美馬市とつるぎ町が全農地面積に対する急傾斜畑面積の割合が高く緩傾斜畑面積の割合が低いことが分かった(表-1)。
5)現在の営農状況の把握
 上記の急傾斜地面積の割合が高い2市町にてアンケート及びヒアリング調査を行った。

表-1 認定地域内における傾斜畑面積とその割合

表-3 ヒアリング内容まとめ



美馬市穴吹町の渕名集落
<あとがき>
 いつかAIや人工知能に取って代わられる日々が来るのではないか、今の暮らしは強いようで一つが崩れれば全て崩れてしまうような不安を感じ、本当に強い暮らしとは何だろうか、日本人がかつてから営んできた里地里山を利用した自然と循環した仕組みが最も強い暮らしなのではないか、今もそういった暮らしを営んでいる場所に行けば何かヒントを得られるのではないか、そんな思いから始まった論文でした。
 最初の目的で「これら現代まで残る農法や農文化を明らかにすることで個性が失われつつある社会で日本人らしさを生かしながら存続する農業の仕組みを作ることができる」と大きく語りましたが正直存続する農業の仕組みは考えられませんでした。

穴吹町西谷の急傾斜地農業(30度)
 ですが、仕組みの一部になりそうな日本人らしさを考え私が出した結論は「人を思うことで生まれるこだわり」です。こだわりは何か目的があることで生まれるものです。その目的が人のためであることが日本人らしさではないかと感じました。にし阿波地域で調査をしたところ農家の方それぞれ敷きこむカヤの長さであったり、自分の畑で採れたものを使うことであったり、薪で火を焚くことなど自分なりのこだわりを持って暮らしているように感じました。それらの目的は全て共通して人に美味しく食べてもらうためでした。
 人への思いがあって、その思いからこだわりが生まれ知恵や技術になって後世に受け継がれていく。それら思いを含めた知恵や技術を受け継ぐことが日本人らしさを生かした農業につながるのではないかと思います。少なくともこの能力はどんな最新の機械でも真似できないだろうと思います。

穴吹町の視察メンバー
 相変わらず抽象的で、巡り巡ってすごく当たり前な答えが出たように思いますが、私は今回の論文を作成するにあたりお世話になった方々の顔を何度も思い浮かべました。特に現地でお世話になった方々、聞いた話を無駄にしたくない、この人たちの思いや技術、現状をしっかりと残したい、そういった思いを持ち最後までこだわった論文ができたのではないかと思います。

見上 由季